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最先端の教育にチャレンジする東京大学 従来の大学教育は、座学やアカデミックな研究活動を題材としてきた。最近では、課題設定と問題解決能力を磨くことのできる、より実践的な人材育成が求められている。そこで注目を集めているのがPBL(Project/Problem Based Learning:問題解決型学習法)である。企業の現実的な課題を題材にして、その課題を短期間で解決しようとすることで、実践的な問題解決能力を磨くことを目的としている。 東京大学の機械系大学院では、2004年度より、修士1年生向けにPBLによる演習を開講している。実際の企業をパートナーとすることで、企業の実務に近い課題や、成果が期待されている環境下での仕事を学生に与えている。そうした企業との交流により、技術・知識の習得だけでなく、人材育成(自主性、責任感、コミニュケーション能力の向上)の面も重視して、教員がサポート・指導を行っている。 なぜ、機械系の学部でソフトウェアをテーマにしたPBLを実施するのだろうか? 問題を自分で設定し、自分で解決する 2006年、工学系研究科 産業機械工学専攻のPBLは、Solarisをはじめとするサンのソフトウェア製品の開発と国際化を行っている『東京ソフトウェアセンター』とコラボレーションすることが決まった。 修士1年の菊地洋輔さんが、「Sun Java Studio Creatorによるポータルサイト上ウェブアプリケーションの作成」というテーマに取り組んだ。これは、サンの開発ツール『Sun Java Studio Creator 2(以下、Creator)』とポータルサーバ製品『Sun Java System Portal Server 7(以下、Portal Server)』を使って、アプリケーション・プログラムを作成するという課題である。 開発の過程で不明な点があれば、サンのエンジニアがサポートするという体制が敷かれ、実際にどのようなプログラムを作るかは、PBL参加者に任されている。 このプログラムに参加した菊地さんは、普段、設計工学研究室において設計の手法について研究しているが、ソフトウェア開発については、専門外である。 初めてのSun Java Studio Creator 2 Creatorは、統合開発環境で、Webアプリケーションのユーザインターフェース部分の開発を得意とする。画面上でドラッグ&ドロップしていくだけで、JSF(JavaServer Faces コンポーネント)の作成、JSR-168ポートレットの作成、データベースへの簡単なアクセスを実現できる。 Portal Serverは、一種のコンテンツ管理サーバである。情報の入り口(ポータル)をユーザごとにカスタマイズするといった機能を備えており、コンテンツ管理からユーザ間のコミュニケーションまで幅広い用途で使用できる。 今回のPBLにおいて、菊地さんは研究室の“所在管理システム”をWebアプリケーションとして開発し、それをPortal Serverに配備してみることにした。 「私の研究室では、新人が春に配属されてきた時に最初に行うことのひとつとして、研究室のいろいろな問題点を解決していくという作業があります。これには、研究室のことを理解するという効果もあります。その問題点のひとつとして“所在管理表”があります。研究室の各メンバーの現在の居場所を示す行き先掲示板ですが、現在のところは、ごく普通にホワイトボードを使っています。しかし、遠隔にいると所在をリアルタイムに変更できないとか、災害時に大学内で逃げ遅れた人を把握するために避難時にこれを持って非難しなければいけないなど、いろいろと運用上の大変な部分があります。 私としては、この所在管理表をCreatorで作ったら、もっと簡単にすごい物ができるんじゃないかと考えました。ただ、実際に作ってみたら、勉強しなければならないことがいっぱいあって、自分の理想とするものには至りませんでした。現実に使うためには、まだまだ改良しなくてはいけないと思っています。」(菊地さん) Creatorってどんなツール?手軽に作れる反面、道を逸れると前途多難に。 菊地さんは、Creatorの使用にあたって、サンが提供しているチュートリアルを一通りやってみたという。 今回のPBLをサン側からサポートした東京ソフトウェアセンターの担当者は、Creatorの使い勝手について、次のように語っている。
PBLの意義~企業活動のスピードと緊張感を体感せよ~ PBLを統括推進する濱口哲也先生は、PBLを行う理由について以下のように説明された。 「PBLを始めた当時は僕自身、修士論文と何が違うのか、その意義について悩みました。よその研究室の学生さんをお預かりして半年間実施するわけですが、その学生の指導教員から、“うちの学生がPBLばっかりやっていて、修士論文が全然進んでいない”と文句を言われたこともありました。“なぜPBLが必要なのか?修士論文と何が違うのか?”と言う質問に対し、去年あたりから明確に答えがでるようになってきたのです。」 「普通、大学でやる研究というのは、論文にならないものはやらないんです。論文になるものっていうのは、例えば、せめて10年先から30年先のことを考えています。しかも、インパクトファクターという指標があって、どの雑誌に論文を載せたらかける何倍、といった倍数があり、例えば、“ネイチャー”や“サイエンス”といった著名な雑誌に載せたら、1報の論文が35報分の価値を持ちます。最終的に論文にすることが目的になってしまうために、機械科にもかかわらず、研究テーマがバイオ、医療、ナノテクといったかなり未来のものばかりになりがちでした。 それに対してPBLは、論文にならなくても構わないのです。その代わり、いま企業が困っていること、明日のこと1年先のこと長くても3年先くらいの課題で、確実に会社が欲しがっているものを会社のペースでやってもらいます。 「会社の人と話をすること自体が、学生にとって難しいんですね。まして一番の障壁は、『緊張』なんですよ。会社の人を相手にする時だけ、学生は緊張するのです。先生と話をする時は、緊張しないで何でもかんでも聞くのですが、会社の人に聞く時は、あらかじめ、よくよく考えてから質問を持っていくんです。ここで、“考える”ということを初めてするみたいですね。大学という特殊な環境の中で保護されている時は何も考えないで、外に向かって質問する時に初めて学生は考える。そして、多少の額でも、自分のPBLのために企業からお金をもらっているという緊張感もあります。 企業では、常に緊張感の中で、物事がものすごいペースで進んでいく。企業の人と直接にディスカッションすることで、会社では何が問題になっていて、どういうペースでコトが進んでいるのか、僕の言葉で言うと“思い知れ”ということです(笑)。大学でヌルヌルやっているのとは訳が違うんです。論文になるようなことを相手にしていては、その緊張感とか効果は得られません。」 「悩み、考え抜け!」~PBLは短期間で社会人に必要なスキルを養える場~ 菊地君が悩み、考える様子を見守ってきた中島先生はその明らかな変化に手ごたえを感じている。 「学生は我々教員に質問する時は、すぐ隣にいるものだから、何でもかんでも気軽に聞いてきます。ところが、企業の人に聞く時は、最初は気を使い過ぎで遠慮しがちだったり、あるいは、聞き過ぎてずうずうしくなったり。そのへんのところを、彼が悩みながら自分自身で距離感を調整していくところが、横で見ていて興味深かったと思います。 しかし、PBLは教育というのを重点に置いているので、あえてこちらからは何も言わず、迷ってもらい考えてもらうというようにします。学生が苦労して不安になって、僕のところに聞きに来た時でも、“自力で何とかしなさい”、と追い返されるなんてこともありました(笑)。解決の方法を考えること自体が教育の一環なのです。技術的なことだけでなくて、コミュニケーションを含めた仕事の進め方も自分で考えて進めていかなきゃいけないことも多い。そういう意味では、菊地君にとって非常に良い勉強になったのではないかと思います。これは、PBLが作成物の成果よりも教育の成果に重点を置いているからこそ体験させてあげられることではないかと思います。」(中島先生) 今回のPBLで菊地さんは、プロジェクトの中間報告と、最終報告の2回、指導にあたる先生とサンに対してプレゼンテーションを行う機会が持たれた。このプレゼン自体もPBLの中で非常に重要な目的をもっているのだ。 別の分野でPBLを実践する割澤伸一先生はこのように説明する。 自分を深く知り、将来の進路を考えるよい機会に 菊地さん自身も、PBLを通じて、企業人と接しながら様々な経験を積むことが、自分の視野を広げ、将来の進路を選択する上で役に立ったと感じている。 「今回の経験で、物作りが、機械とソフトウェアでずいぶん異なるということが分かりました。例えば、バイクなら、メンテナンスマニュアルが充実していますし、叩いたり音を聞けば分かる部分がありますが、ソフトウェアの開発では、前提知識が非常に多くて、そのための調べ物に時間がかかってしまいました。 私は、バイクが好きなので、こうして機械に関する研究をしていますが、このまま就職してしまったら、今回のようにソフトウェアの開発ツールを触る機会はほとんどなかったと思います。今回Creatorに触れることで、少し世界が広がったと思います。 私は、卒業したら自動車業界に行きたいと思っていますが、じゃあ、自動車業界に行って何をしたいのか?クルマが好きだからといって本当に、それを仕事にしてよいのか?今、就職活動をしているので、そういうことを考えているところなのです。今回のPBLのように、車以外の分野に触れてみるというのは、そういう“自分探し”的な意味もありました。」(菊地さん) これに対し、濱口先生から、パンチの効いたアドバイスが菊地さんに贈られた。 「そういう場合、私の意見は明快ですね。“もっと自分を分析しろ”です。バイクが好きなのか、機械をいじるのが好きなのか、その2つは全然違う話です。そこまで考えないで、バイクが好きだからバイクの会社に行きたい、などとぼんやり考えている人が多い。もっと上位概念に昇れば、設計をやりたい、研究をやりたい、営業をやりたい、といった職種で選ぶという方法があります。また、自分は何に一番喜びを感じるのかという価値判断もあります。いろんな価値判断から突き詰めて行き、最後には、“オレはこれだけあれば、一生後悔しない。”というものを探せと、僕は言いたい。ほとんどの人は、何か1つのことにとことん惚れ込むことはないので、結局、好きだと思っていたものが仕事になると苦しくなってしまうのです。自分が何をしたいのか、緻密に分析しないと答えが出てこないと思います。」 協力企業にとってもよい経験に PBLに初めて協力したサンのソフトウェア開発チームにとっても、学生にエンドユーザとして製品を使ってもらい、どういった点が使いづらいか、また不親切な点などの要改善点を知る上で非常に参考になったという。 「PBLは私たちにとっては初めての経験で、お話をいただいた時は、どういった課題を出していいか悩みました。PBL先進国である米国のサンの人に相談しながらテーマを決めました。私たちの作っているソフトウェアが、学生さんが使ってみてどう感じるのだろうか?ということをPBLを通じて知ることができて、本当に良かったです。」(塩田) 「サンでは学生のインターン制度は何度かやっていますが、PBLは初めてでしたので、どのように大学とお付き合いしていいのか戸惑いました。しかし結果的には大変面白く、いい経験になりました。日本のサンの中では唯一、我々の組織が研究開発、すなわちR&Dを行っている部門ですので、これを機会にもっと大学といろいろな形でお付き合いさせていただきたいと考えております。」(大曽根) さて、PBLとは関係ないが、最後に、濱口先生からソフトウェア開発企業に対する重要な警告と提言をいただいた。“スペシャル付録”として先生からのメッセージをお届けしよう。 ※著者のタイトル、所属等は、執筆当時のものであり、現在と異なる場合があります。
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